フランス文学と詩の世界
Poesie Francaise traduite vers le Japonais
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旅(ボードレール:悪の華)




  地図と版画が好きな少年にとって
  世界は格好の好奇心の的だ
  ランプの光の中では大きく見え
  記憶の目には小さく見える

  ある朝我らは船出する 頭をほてらせ
  心中には憤怒と 苦い欲望を抱きながら
  波の脈動にまたがって我らは進む
  有限な海の上で無限の思いを揺らめかせつつ

  ある者は忌まわしい故郷を捨てることを喜び
  ある者は恐ろしい親から逃れることを喜ぶ
  またある者は星占いをしながら女の目の前で溺れ
  外の者は危険な匂いを立てるキルケを演ずる

  豚に変えられてしまわないように みな
  空間と光と燃えさかる大気の中に飛び出す
  氷にかじられ 太陽に焼かれ
  接吻のあとも次第に消える

  だが本当の旅人とは旅のために旅する人
  心も軽く 風船のように
  旅の行き先などとんと無頓着で
  わけもなくただいうのだ 進んでいこうと

  欲望をむき出しにして 移ろいやすく
  不確かだがすさまじい快楽を夢見る
  まるで戒律を書き集めるかのように
  そんな人間を何と呼んだらいいか 誰も知らない  
  

「悪の華」一巻はボードレールが刊行した唯一の詩集である。というより、ボードレールはこの詩集に自分の人生の殆どすべてをかけた。

ボードレールはこの詩集を、単なる詩集にとどまらせることは望まなかった。何しろボードレールにとって、この詩集の初版を刊行したときには、すでに自分の人生にとっての晩年を迎えていたのである。

だからボードレールは、この詩集に、自分の生きてきた証としての意味を持たせたかった。この詩集は彼の自叙伝といっても差し支えないような、ある特別の意思によって、構成されているのである。

「悪の華」は読者(それは偽善に満ちた近代人たちであり、ボードレールにとっては、互いに理解しあうことの不可能な人々だった)への呼びかけに始まり、自分の出生の秘密を呪いながら、この世に生きることの苦悩を綴ったものになった。そしてその苦悩の先に、ボードレールは死をテーマにした一連の作品を置いて、詩集を締めくくったのだった。

「旅」と題するこの詩は、「悪の華」の最後に位置する作品であり、また「死」をテーマにした詩でもある。

何故旅が死と結びつくのか。それは先稿でも述べたように、死とはボードレールにとって、新しい世界への旅立ちでもあったからだ。

この詩を末尾に置くことによって、ボードレールが何を実現しようとしたか、それは読者一人一人に考えてもらいたい。






Voyage – Charles Baudelaire

  Pour l'enfant, amoureux de cartes et d'estampes,
  L'univers est égal à son vaste appétit.
  Ah! que le monde est grand à la clarté des lampes!
  Aux yeux du souvenir que le monde est petit!

  Un matin nous partons, le cerveau plein de flamme,
  Le coeur gros de rancune et de désirs amers,
  Et nous allons, suivant le rythme de la lame,
  Berçant notre infini sur le fini des mers:

  Les uns, joyeux de fuir une patrie infâme;
  D'autres, l'horreur de leurs berceaux, et quelques-uns,
  Astrologues noyés dans les yeux d'une femme,
  La Circé tyrannique aux dangereux parfums.

  Pour n'être pas changés en bêtes, ils s'enivrent
  D'espace et de lumière et de cieux embrasés;
  La glace qui les mord, les soleils qui les cuivrent,
  Effacent lentement la marque des baisers.

  Mais les vrais voyageurs sont ceux-là seuls qui partent
  Pour partir; coeurs légers, semblables aux ballons,
  De leur fatalité jamais ils ne s'écartent,
  Et, sans savoir pourquoi, disent toujours: Allons!

  Ceux-là dont les désirs ont la forme des nues,
  Et qui rêvent, ainsi qu'un conscrit le canon,
  De vastes voluptés, changeantes, inconnues,
  Et dont l'esprit humain n'a jamais su le nom!

  

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