フランス文学と詩の世界
Poesie Francaise traduite vers le Japonais
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地獄のドン・ジュアン(ボードレール:悪の華)


地獄のドン・ジュアン

  三途の川に差し掛かかったドン・ジュアン
  渡し守カロンに渡し賃をくれるや
  アンテステネス気取りの片目の乞食が
  力強く二本の櫂を漕ぎ出した

  垂れ下がった胸をあらわに 衣装もはだけ
  女たちが暗黒の空の下をあえぎながら
  生贄の人柱のように群がりあい
  ドン・ジュアンの船のあとを追う

  スガナレルはドン・ジュアンに未払いの手当てを求め
  ドン・ルイスは 川岸にただよう死者たちに向かって
  震える指でドン・ジュアンを指弾する
  その白い額を馬鹿にされたといって

  やせ細ったエルヴィラは悲しみに震えながら
  不貞の恋人ドン・ジュアンに寄り添って
  もう一度あの微笑を見せて欲しいと懇願する
  かつての甘い日々を思い出すよすがにと

  石造のごとき巨人が 鎧をまとって仁王立し
  舵を操り 波をかき分け船を進める
  ドン・ジュアンは剣を抱いて行く手を見据え
  周囲のことには目もくれない  
  

ドラクロア「地獄のダンテとヴェルギリウス」

ドン・ジュアンをめぐる物語は数々ある。スペインに古くから伝わる伝説をもとにしたものだ。色々なバリエーションがあるが、共通しているのは、女性を次々と誘惑して堕落させるというものだ。その挙句、女性の父親を墓の中から呼び戻し、ともに宴会をするというのがパターンとなっている。

ドン・ジュアンはファウストと並んで、西洋人の想像力の中では、女性の誘惑者の典型となっている。ファウストはグレーチヘンというただ一人の女性を絶望に追いやるが、ドン・ジュアンは多くの女性を渡り歩いては、彼女らを次々と堕落させる。

フランスの文学史のなかでドン・ジュアンを取り上げたものとしてはモリエールの戯曲がある。またドン・ジュアンのイメージを描いた画家としてはドラクロアがある。ボードレールもそのドラクロアの絵を見ている。しかしその作品は、難破した男たちがボートの中で絶望している表情を描いているもので、題名に「ドン・ジュアンの難破」とはあれ、ドン・ジュアンのイメージはあまり伝わってこない。

ドラクロアはボードレールが好きだった画家だ。この詩のイメージに近いドラクロアの作品としては、「地獄のダンテとヴェルギリウス」があげられよう。






Don Juan aux enfers — Charles Baudelaire

  Quand Don Juan descendit vers l'onde souterraine
  Et lorsqu'il eut donné son obole à Charon,
  Un sombre mendiant, l'oeil fier comme Antisthène,
  D'un bras vengeur et fort saisit chaque aviron.

  Montrant leurs seins pendants et leurs robes ouvertes,
  Des femmes se tordaient sous le noir firmament,
  Et, comme un grand troupeau de victimes offertes,
  Derrière lui traînaient un long mugissement.

  Sganarelle en riant lui réclamait ses gages,
  Tandis que Don Luis avec un doigt tremblant
  Montrait à tous les morts errant sur les rivages
  Le fils audacieux qui railla son front blanc.

  Frissonnant sous son deuil, la chaste et maigre Elvire,
  Près de l'époux perfide et qui fut son amant,
  Semblait lui réclamer un suprême sourire
  Où brillât la douceur de son premier serment.

  Tout droit dans son armure, un grand homme de pierre
  Se tenait à la barre et coupait le flot noir;
  Mais le calme héros, courbé sur sa rapière,
  Regardait le sillage et ne daignait rien voir.



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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2007
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