フランス文学と詩の世界
Poesie Francaise traduite vers le Japonais
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洪水の後:イリュミナション


  洪水の記憶が覚めやらぬ頃

  一匹の兎がイワオウギとツリガネ草の繁みの中に立ち止まり
  くもの巣の合間を通して虹に祈りを捧げた

  おお 隠れてしまった宝石よ
  ほころんだ花々よ

  汚れた道には露店がたてられ
  船が海のほうへと引かれていく
  何重にも重なりあい まるで版画を見るようだ

  屠殺場バルブ・ブルーでは家畜の血が流れ
  広場の家々の窓には神の恩寵が青ざめている
  血とミルクが流れた

  ビーバーが巣を作った
  居酒屋ではコーヒーの湯気がたった

  大きなガラス張りの家の中では
  喪服の子どもたちが巨大な絵を見つめている

  扉がパタンと鳴った
  村の広場では子どもたちが腕を振り回して駆けながら
  屋根の上の風見鶏の様子を見て
  大雨がやってくるのを予感する

  マダム・・・がアルプスにピアノを据えた
  ありこちの教会の祭壇では
  ミサと聖餐の儀が執り行われた

  その時以来
  月はタイムの咲く砂漠の上でジャッカルの吠える声を聞き
  農夫は果樹園で鼻歌を歌った
  スミレの茎には花の芽が芽吹き
  春が来たと俺に告げたのだった

  隊商が出発する
  氷河のカオスと北極の闇の中には
  ホテル・スプランディードが建てられた

  溢れよ、沼よ泡よ、
  橋を巻き込んで逆流し、木々を飲み込め
  黒い布もオルガンも 閃光も雷鳴も とどろき渡れ
  水よ悲哀よ あの洪水をもう一度引き起こせ

  洪水が収まってからというもの
  宝石は地下に埋まって その上に花が開き
  何もかも退屈だらけだ!
  土器の壺に石炭を燃やして占うあの魔女も
  俺たちに洪水の思い出を語ってくれることはないだろうから


この散文詩は、フェネアンが「イリュミナション」の最初の発表時に冒頭に据えて以来、どの版においても同じ扱いを受けてきた。したがって「イリュミナション」といえば、この詩から始まるのだというのが、長い間の読み方となってきた。だが果たしてランボー自身もそのように考えていたのかどうかについては、今となっては誰も知るものはいない。

この詩に歌われているのは、聖書に書かれている大洪水の思い出と、その後に始まったこの世界の再出発だ。

ランボーは大洪水のあとに、兎が虹に祈りを捧げるイメージを持ち出すことによって、世界の再構成の可能性を暗示しながら、すぐその後には、この再構成があまり期待できないことを仄めかしている。

ここでランボーが歌った大洪水とは、ランボー自身も加わったパリ・コミューンの世直し運動を想起させる。この運動は確かに洪水のような浄化作用を、少なくともランボーの意識にあっては、この世にもたらした。だがすぐに月並みな毎日の繰り返しによって、取って代わられてしまった。

またこの洪水は、ヴェルレーヌとの共同生活の破滅をも暗示している。その破滅はランボーにとっては、新しい創造へ向けての出発点となったかもしれなかったのに、現実にはそうはならなかった。ランボーはそこに苛立ちを感じたのかもしれない。

この詩には、ランボーの洪水への希求が重なり合った形で歌われている。ランボーは、洪水が己の生きかたを芯から変えてくれることを望みつつ、新たな洪水が再び自分を、そして世界を没し去ることを夢見るのである。






Après le déluge

   Aussitôt après que l'idée du Déluge se fut rassise,

   Un lièvre s'arrêta dans les sainfoins et les clochettes mouvantes,
  et dit sa prière à l'arc-en-ciel, à travers la toile de l'araignée.

   Oh! les pierres précieuses qui se cachaient,
  les fleurs qui regardaient déjà.

  Dans la grande rue sale, les étals se dressèrent,
  et l'on tira les barques vers la mer
  étagée là-haut comme sur les gravures.

  Le sang coula, chez Barbe-Bleue, aux abattoirs,
  dans les cirques, où le sceau de Dieu blêmit les fenêtres.
  Le sang et le lait coulèrent.

   Les castors bâtirent.
  Les "mazagrans" fumèrent dans les estaminets.

   Dans la grande maison de vitres encore ruisselante,
  les enfants en deuil regardèrent les merveilleuses images.

   Une porte claqua,
  et, sur la place du hameau, l'enfant tourna ses bras,
  compris des girouettes et des coqs des clochers de partout,
  sous l'éclatante giboulée.

   Madame *** établit un piano dans les Alpes.
  La messe et les premières communions se célébrèrent
  aux cent mille autels de la cathédrale.

   Les caravanes partirent.
  Et le Splendide-Hôtel fut bâti
  dans le chaos de glaces et de nuit du pôle.

   Depuis lors,
  la Lune entendit les chacals piaulant par les déserts de thym,
  -et les églogues en sabots grognant dans le verger.
  -Puis, dans la futaie violette, bourgeonnante,
  -Eucharis me dit que c'était le printemps.

   Sourds, étang;
  - écume, roule sur le pont et passe par-dessus les bois;
  - draps noirs et orgues, éclairs et tonnerres, montez et roulez;
  - eaux et tristesses, montez et relevez les déluges.

   Car depuis qu'ils se sont dissipés,
  -oh, les pierres précieuses s'enfouissant, et les fleurs ouvertes!
  - c'est un ennui!
  - et la Reine, la Sorcière qui allume sa braise dans le pot de terre,
  ne voudra jamais nous raconter ce qu'elle sait, et que nous ignorons!



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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2007
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