フランス文学と詩の世界
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 清眞人「新ランボー論」を読む


清眞人君は旧知の哲学研究者である。関西の大学に籍を置いて、サルトルやニーチェなどの実存主義的な研究に携わってきた。その清君からかれの新著「新ランボー論」を贈呈された。それに先立ってメールがあり、小生のランボーについてのブログ記事が執筆のきっかけになったと言ってきた。実は昨年の五月に、大学時代の親しい友人らと一緒に清君と談笑する機会があって、その場で小生からランボーのことを話題に取り上げたことがあった。その後、小生がブログで発表したランボー関係の記事をかれにメールで送ったところ、清君がそれを読んで、自身もランボー論を書く気になったのだろうと思う。そんなわけで小生は、かれから贈呈されたランボー論を読んで、それについての小生の受け止め方を、書評という形で書く気になった次第である。

タイトルの副題に「慈悲愛と大地母神的宇宙への憧憬」とあるように、清君のランボー論は、ランボーを慈悲愛とか地母神信仰とかに関連付けて解釈するものである。小生は、かれの学問的な業績にはほとんど通じていないが、かれが過去に刊行した書物のタイトルなどから、どうも慈悲愛にこだわってきたという印象を受ける。だから、かれのランボー論が慈悲愛を中心に展開することは、かれにとっては自然なことだっただろうと思う。それについて小生が批判めいたことを言ういわれはない。ただ、小生はランボーを慈悲愛だとか地母神信仰と結びつけるようなことは全く考えていない。小生のランボー観については後程詳しく述べたいと思うが、それに先立って、清君のランボー論について、小生の意見を率直に述べたいと思う。それについて言っておきたいのは、ランボーのような複雑な人間は、読者の多彩な読み方を促すという点である。だから、清君のような読み方もあるし、小生のような読み方もある。どの読み方がもっともランボーの真意に近いか、といったような詮索はあまり意味がない。優れた文学作品には、テクストとしての自立性がある。いったんテクストとして成立すれば、それはもはや作者のコントロールを脱して、それ自体として存立するのである。

とにかくランボーという男は、詩人としても一個の人間としても、ひとをとことんしびれさせるような魅力を持っている。その魅力に取りつかれた同輩として、小生は清君と喜びを共有したいと思う。

清君は、かれのランボー論の二つの柱、慈悲愛と大地母神的宇宙への憧憬をまず序章において提示する。その後、この二つの主題について掘り下げた議論を展開し、最後にランボーのパリ・コミューンへのかかわりについて述べる。小生も、かれのそうした議論の筋道に沿って、かれのランボー論を検討したいと思う。

慈悲愛については、ランボーの訳者の一人金子光春のランボー解釈を引き合いに出し、金子がランボーの信仰心について触れながら、その具体的な内実について語っていないことに不満を示し、自分なりの意見として、ランボーには慈悲愛への希求があったというふうに解釈している。その慈悲愛への希求は、厳しい母親への反感の裏返しだったというのがかれの慈悲愛論の特徴である。つまりランボーは母親への反感から余計に慈悲愛を希求するようになったというのである。その慈悲愛は聖母マリアの慈悲愛を彷彿させる。ランボーは母親に期待できなかった慈悲愛を、聖母マリアに求めたというわけである。つまりランボーは、基本的には宗教的な心情の持ち主だったということになる。

大地母神的宇宙への憧憬については、ランボーの担任教師だったジョルジュ・イザンバールの証言を引き合いに出し、ランボーは「<汎神論的大地母神的宇宙観>の現代的復権を先導する働きをする詩人として自らを位置づけ」ていたとする。その具体的な根拠として、詩篇「太陽と肉体」とか散文詩集「イリュミナシオン」をあげているのだが、それらについては、後ほどあらためて取り上げたいと思う。ここでのとりあえずの印象は、慈悲愛に比べれば、大地母神的宇宙への憧憬は、輪郭がやや不明だということである。

以下、第二章「ランボーにおけるイエスと聖母マリアの慈悲愛への窮訴、その諸相」を中心に展開される、テクストに沿った清君のランボー解釈について検討したいと思う。検討のやり方は、慈悲愛及び大地母神的宇宙への憧憬を表現しているとされる個々の詩篇に即して、かれのテクスト解釈を検討するというふうにしたい。

慈悲愛とのからみで清君がまず取り上げるのは、詩篇「最初の聖体拝受(清君は拝領と書いている、原文は Les premières communions )」である。この詩篇をかれは、ランボーの(異性愛的)性欲の表現と、それを抑圧する教会への反感を歌ったものだと解釈している。これは、1871年8月にランボーが初めてヴェルレーヌにあてて出した手紙に同封されていた詩篇数点のうちの一つである(事実確認は、ガルニエ版テクストの注釈にもとづく、以下ランボーについての小生の基礎知識は原則としてガルニエ版の注釈に基づくものだ)。だからおそらくその直前、夏の間に書いたものと推測される。そのころランボーは、パリ・コミューン体験をくぐっており、またすでに同性愛的な体験もすませていたと考えられる(強姦という形ではあるが)。そのころのランボーが、カトリック教会に不快感をもっていて、その不快感をこの詩篇に吐き出したというのは大いにありうる。だが、この詩篇に彼の異性愛が素直に表出されていると受け取るのはナイーヴに過ぎるのではないか。

「聖体拝受」は教会への嫌悪が主題であり、慈悲愛の問題は前景化していない。清君がランボーの慈悲愛を正面から取り上げるのは、「地獄の一季節 Une saison en enfer 」の序章を解釈する中である。そこに出てくる言葉「慈悲愛 charité がその鍵だ」にかれは注目する。ランボーの慈悲愛についての思想がこの部分に凝縮されていると考えるわけだ。この慈悲愛という言葉に、かれはマリア信仰的な宗教的感情を含ませているわけだが、そもそもフランス語の charité という言葉にそうしたニュアンスを読むのは難しいのではないか。charité というフランス語は、ラテン語の caritas に由来しているとおり、慈善とか隣人愛といった意味合いの言葉である。英語の charity に近い。そういう言葉を、清君のイメージするような慈悲愛に重ねるのは無理がある。だいたい、慈悲愛という言葉は、仏教を連想させるような言葉である。仏教は慈悲を中核にして成り立っている教義である。その慈悲が愛と結びつくのは大いに自然である。ところがキリスト教では、仏教の慈悲に相当するものは憐憫ではないか。憐憫が愛と結びつくことはありえないことではないが、憐憫と愛とはあくまで異なったものである。

さて、「序章」の件の個所は、原文では La charité est cette clef. - Cette inspiration prouve que j'ai rêvé ! である。「慈善がその鍵だ~こんなことを思うのも、俺が夢を見ていた証拠だ」という意味になる。これは、ふたたびもとのように普通の暮らしに戻るには、世間並みの慈善的な気持ちが必要だ、というようなことを言っているところだ。世間と和解するには、慈悲愛などという大げさなものではなく、世間との協調心が必要だと言っているのである。こうした意味での charité の使い方は他の場所でも同様である。

たとえば、「錯乱Ⅰ」を解釈する部分では、「持ち前のやさしさと慈悲愛(シャリテ)だけで」というふうに清君は引用し、慈悲愛を夫婦の絆と結びつけているようであるが、この部分は原文では、 Seules, sa bonté et sa charité lui donneraient-elles droit dans le monde réel ? であり、「あの人の善意と隣人愛だけで、実世間で生きていく資格ができるでしょうか?」となる。また、「不可能事」の部分では、「慈悲愛はおれたちにとって未知のものだ」という言葉を引用し、「慈悲愛の再獲得・再生こそが魂の『地獄』を抜け出る決め手だというわけだ」と解釈しているが、この部分は原文では、La charité nous est inconnue. Mais nous sommes polis ; nos relations avec le monde sont très convenables. であり、「隣人愛など知らぬ、だが俺たちは礼儀はわきまえており、世間ともうまくやっている」となる。どちらの場合も、charité は隣人愛というニュアンスで使われている。つまりランボー自身は、charitéという言葉に、清君のイメージする慈悲愛という意味は持たせていないと言ってよい。

以下続く

清眞人「新ランボー論」を読むその二

清眞人「新ランボー論」を読むその三


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